コロンビア、気候変動と戦う「農業保険」の新潮流
コロンビアの農業に、新しい風が吹いています。アメリカの大手保険グループ Liberty Mutual Reinsurance が、農家向けにパラメトリック農業保険を発表。“天候まかせの産業”に、データが介入する時代が到来です。

仕組みはいたって合理的。洪水や干ばつなどの「異常気象の発生」を、衛星データや気象観測システムで自動的に検知し、その数値(=パラメータ)に基づいて補償金を支払うというものです。要するに、“天候の指標”が一定のラインを超えたら自動的にお金が出る。これまでのように被害調査を待って長い書類手続きを踏む必要はなく、迅速かつ透明に補償が行われます。
この仕組みが注目を集めている背景には、コロンビア農業が直面する気候リスクの急増があります。かつて“春の国”と呼ばれたこの国も、近年では乾季に豪雨が降り、雨季に干ばつが続くというまるで天気の気まぐれショー。農地の冠水や収穫の遅れが相次ぎ、小規模農家の中には再起できないまま離農するケースも出ています。
それでも、農業はコロンビア経済の屋台骨です。2025年上半期、農業・農工業の輸出は前年比5割増という過去最高を記録しました。コーヒー、パーム油、アボカドなどの輸出作物が好調な一方で、気候変動による不安定さが増し、収益の予測が立てにくくなっているのも事実。
そんな中で登場したのが、この「気象データをもとに支払う保険」なのです。
パラメトリック保険の最大の魅力はスピードです。被害が起きてから調査員が現地に来るのを待つ必要がなく、数値が閾値(しきいち)を超えた瞬間に補償が動く。洪水でトラクターが流された農家にも、干ばつで収穫量が激減した農家にも、“データに基づく公平な支払い”が保証されます。まるで、「天気予報が保険金を出す世界」と言えば、イメージしやすいかもしれません。とはいえ予想収益100 万ドルの農場なら、保険料が年10 万ドル(=10%)という保険料となるんだとか。ただし、リスクが高ければもっと上がるし、補償範囲が限定的ならもっと下がる見込みです。
この方式はすでにアフリカや中米の一部でも導入が進んでおり、モバイル決済と連動して農家の口座に直接補償金が振り込まれるケースもあります。技術と金融がタッグを組むことで、従来の保険が届かなかった小規模農家を包み込む動きが始まっているのです。
ただし、万能薬ではありません。まず、気象データの精度が命綱です。観測地点が少ない山間部では誤差が大きく、被害が出ているのにデータ上は“平常”と判定されることもあります。また、保険料の設定も課題です。天候リスクが高い地域ほど保険料も上がり、資金力の乏しい農家には手が届きにくくなる。金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の理念をどう実現するかが問われています。
とはいえ、今回のLiberty Mutualの取り組みは、農業を「不確実性の塊」から「リスクを設計できる産業」へと進化させる試みと言えます。保険や金融といった“畑違い”の業界が、農村にテクノロジーと資金を持ち込む。そこには、気候危機時代の新しいビジネスチャンスが広がっています。
さらに面白いのは、これが単なる保険ビジネスにとどまらないことです。気象データを基盤にすれば、将来的には農業投資や炭素クレジット取引にも応用できます。どの地域がどれだけリスクを抱えているか、どんな気候パターンで収穫量が変動するか。こうした情報が蓄積されれば、農業はより透明で、投資可能な産業へと変わっていくでしょう。
コロンビア政府も、こうした動きに注目しています。国家農業研究所(Agrosavia)や環境省が、農村地域の気象観測インフラを強化し、データ連携を進める計画を進行中です。国が後押しすれば、民間の金融商品との連携が進み、農家のリスク管理能力は飛躍的に高まるはずです。
気候変動が「これまでにない災害」を生む一方で、そこにビジネスチャンスを見出す企業も増えています。農業はこれまで、空を見上げて祈るしかなかった産業でした。しかし今は、衛星を見上げ、データを読み、契約書で未来を設計する時代。
天候を“敵”にせず、“数値化して味方にする”。
それが、コロンビア農業の次なる挑戦なのかもしれません。