経済非常事態宣言が映し出す、コロンビア財政の臨界点

2025年12月、コロンビア政府は「経済非常事態(Estado de Emergencia Económica)」を宣言しました。これは、国家の経済秩序や財政運営に重大な障害が生じた場合にのみ発動できる憲法上の例外措置です。これにより、大統領は一定期間、議会を経ずに税制や経済措置を政令として制定できる権限を持ちました。

この判断の背景には、明確な統計的悪化が挙げられます。2024年の中央政府財政赤字はGDP比約5.6%。これは、政府が中期財政枠組みで目標としてきた水準(概ね3%台)を大きく上回るものです。さらに、中央政府債務残高はGDP比約59%に拡大し、財政健全性の目安とされてきた55%前後を明確に超えています。

歳出面を見ると、圧力は構造的といえます。2020年から2024年の間に、社会保障関連支出は名目ベースで約35%増加。特に、低所得層向け現金給付、エネルギー・食料補助金、医療関連支出が拡大しています。一方で、利払い費も増加しており、国債利回りの上昇を背景に、利払い費は歳出全体の約15%を占めるまでになっています。これは、教育予算に匹敵する規模です。

こうした状況にもかかわらず、税制改革は議会で停滞してきました。コロンビアの税収水準は国際比較でも低く、2023年時点で租税負担率(税収/GDP)は約19%と、OECD平均(約34%)を大きく下回っています。政府はこの構造的な低税収体質を是正しようとしてきましたが、富裕層課税や法人税の見直し、IVA(付加価値税)の課税ベース拡大はいずれも強い政治的反発に遭うことに・・・。

その結果、政府は通常の立法プロセスを断念し、非常事態という強硬手段に踏み切りました。非常事態下で検討・導入が進められている施策の柱は、高所得者・富裕層への追加課税、IVA(付加価値税)の対象拡大や一部税率調整、各種税控除・優遇措置の縮小です。政府試算によれば、これらの措置によりGDP比で約1.0〜1.5%相当の追加税収を短期的に確保できるとされています。

IVAは特に重要な論点です。コロンビアの標準IVA税率は19%ですが、生活必需品(野菜等)を中心に多くの品目が非課税または軽減税率の対象となっています。その結果、IVAによる税収はGDP比で約6.5%にとどまり、OECD平均(約11%)を大きく下回っています。政府はこの「広く薄く取れない構造」を問題視しており、課税ベースの見直しを財政再建の即効薬と位置づけています。

一方で、経済界や法学者からは強い懸念が示されています。最大の争点は、この財政状況が「憲法上の非常事態」に該当するかどうかです。財政赤字や債務の拡大は数年来の傾向であり、突発的・不可抗力の危機とは言い切れないという指摘があります。この場合、非常権限の行使は違憲と判断される可能性があります。

コロンビア憲法では、非常事態下で発令されたすべての大統領令は、事後的に憲法裁判所の厳格な審査を受けます。過去には、非常事態宣言自体や、個別の税制政令が違憲として無効化された例もあります。今回の措置も、長期的に有効な制度となるかは司法判断次第です。

企業や投資家にとって、この局面は明確なシグナルを含んでいます。税負担増の可能性に加え、制度が恒久化するか否かが読めないという高い制度不確実性です。今回の経済非常事態宣言は、単なる増税の話ではなく、コロンビア財政が構造転換を迫られる段階に入ったことを示す統計的事実の表出だと言えます。

ただ長い目でみると、構造的には、コロンビアは「低税収国家」であり続けることは不可能といえそう。
現在の租税負担率は約19%で、OECD平均(約34%)との差は15ポイント以上あります。仮に社会支出を抑制しても、人口構造・格差是正政策を考えれば、税収をGDP比で少なくとも3〜5ポイント引き上げる必要があります。

これは危機ではなく、制度の成熟プロセスといった世論もあるほど。中南米主要国(チリ、ブラジル、メキシコ)も、同様の道を通っていることを考えると、コロンビアは「フツウ」の税収国家となっていくのかもしれません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です