<ブログ>友人が南米でマッチングアプリをしながら旅をした話

今も自信ないけれど、若い頃はすさまじいほど常識がなかった。

どれくらいかというと、コロンビアはボゴタに渡った一週間後に、ネットで適当に調べた日本食レストランに電話をして「三味線弾きに行ってもいいですか」ときいたくらい。電話したことよりも、よくあんなに弾けないくせにできたよな・・・と。何しろ暗譜できた曲すらなくて、来てもいいよと言われて私は譜面一式持っていったのだから。こりゃ腕が知れるとあきれられただろう。


それでも面白いことに、飛び込みのように行ったその店に、

たまたま日本人旅行者が居ついていた。そこの主人いわく、物書きで日本で貯金をしては南米に訪れて、そこを拠点にしながらあちこち執筆のネタになる取材旅行をしているという。そして、3週間後には国境を徒歩で越えてパナマに向かう冒険に出ると。
「どうしてもほしいノンフィクション大賞があって、そのくらいのネタじゃないとだめだから。両親とも死んでるし、兄弟もいないから」。こうして書くとニヒルな男に思えるが、実際はマグカップのコーヒーを飲みながら「明日は雨だから図書館にいってくるね」というノリなのである。


コロンビアとパナマの国境といえば、世界広しといえど

唯一舗装された道路が一本もない、ダリエンのジャングルである。物見遊山でいくところではない。彼も何度も下見をして、現地の先住民(ガイド役のコヨーテ)と話をつけた上で出発を決めたらしい。
知り合ったばかりの私が、「言ったら死んじゃう!!私を倒してからにして!!」というのもおかしいだろうし、かといって「それもいいですね、いってらっしゃい!」というのも命を軽視している。一体こういう場合何と言葉をかけるのが正解なのか、酒井順子あたりに書いてほしい。

その彼は出発したものの、結局その回は失敗し、半年後にもう一度挑戦して国境を越えた。すぐにパナマ軍に拘束され大使館に連絡が入り、解放されるまで留置場で過ごしたはずだ。
冒険家は命がいくつあっても足りないと思ったのだが、ノンフィクション大賞は最終選考で逃したものの書籍出版は叶い、それからも何事もなかったかのようにコロンビアに来ては、サッカー関係の取材をしたり、日本で介護や日本語教師をしながら、物書きとしての腕を磨いている。実際の彼は、マッチョな「人生一度きりっ!」みたいなアツい風来坊ではなく、本当に朴訥とした学校の事務室にいそうな人柄なのである(でも、こういう国で難所を乗り越えていくにはそういうタイプではないと無理であろう)。

その彼が、今度は取材を兼ねて南米でマッチングアプリをしながらチェゲバラをたどる旅をした。

パナマ国境越えに比べれば赤子の手をひねるような難易度の旅だったかもしれないが、やはり一難去ってまた一難どころか、三難去ってまた五難といったおもしろい(読者にとっては)オンパレードなのだ。


現地で、よく知らない女性とやりとりをしてただでさえ知らない街で待ち合わせをして、相手を探りつつ自分の魅力もアピールする。
アウェー中のアウェーのはずなのに、淡々と何とかしてしまうのがすごい。そして、本人には無駄足でも、転んでもタダで起きていないのが傍目でよく分かる。
結局花嫁さがしは叶ったのか、それは実際に本を読んでもらうとして、こういう人と結婚する人生は退屈を知らないだろうと心から思うのである。

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