<コラム>聖なる「余り物」のゆくえ

この間Bugaの保険屋さん宅でごちそうになったコロンビア料理サンコチョ。おいしかったな~

かつてのコロンビアは(そして今でもやや感じる)、食べ物を捨てることにあまりに無頓着でした。気温が一定のため一年中、太陽の恵みを一身に浴びて、道路にたわわに実るマンゴー、パパイヤ、そしてアボカド。それは国民性の「おおらかさ」というより、むしろ「足りなくなればまた実る」という、南米特有の無尽蔵な自然への甘えなのかもしれません。実際、年間約970万トン、国内生産量の実に34%が廃棄されるという現実は、この国の豊かさの裏側に潜む、深い「怠慢」のようにも見えました。ところが、世界的なインフレとスマホの普及(本当の機会均等がこの国で実現した)が、食卓の景色を鮮やかに塗り替えました。

2024年に施行された、通称「食品ロス削減法」ことLey 2380。これが、コロンビアの食の未来を左右する起爆剤となりました。この法律が画期的なのは単なる精神論としての「もったいない」を説くのではなく、寄付額の37.5%を税額控除できるという、極めて即物的な数字を企業に突きつけた点にあります。以前の25%という数字では動かなかった大企業の重い腰を、この「3割強のお得感」が軽々と持ち上げたのです。今や、食品を廃棄することは「倫理的な罪」である以上に、「経営上の損失」として認識されるようになりました。

おかげで、日々立ち寄るようなスーパーの棚にも、少しばかりの変化が訪れています。少し前なら見向きもされなかった肌に傷のあるパパイヤや、形が少々ひねくれたトマトたちが、「不完全な美」を装って堂々と、しかもお安く並んでいるではありませんか。こうした「訳あり野菜」が、単なるディスカウント品を超えて、環境への配慮という「付加価値」を纏い始めたのです。(それでも、実際問題傷み始めた野菜はひきあげられることのほうがまだ多いのですが。一部スーパーexitoでは、見切り品コーナーがあります)

さらに面白いのは、ここにテックの影がちらつくことです。賞味期限が迫った「あぶれ者」の食材を、AIが迷子のマッチングのように慈善団体へ繋ぐ仕組みが、ボゴタやメデジンの裏側で淡々と動いています。コロンビア発のスタートアップ「EatCloud」によりかつては廃棄される運命だった食材が、デジタルな手捌きで「誰かの血肉」へと救い上げられているのです。Ley 2380の後押しもあり、企業は「捨てるコスト」を払うより、「分かち合う利益」を選ぶようになりました。

もちろん、手放しで喜んでばかりもいられません。前述したように地方へ目を向ければ、インフラの不備で市場に届く前に朽ち果ててしまう果物たちの、やりきれない現実も残っています。アンデスを越えるトラックがデモで立ち往生すれば、その積荷は一晩で「ロス」へと姿を変えます。けれど、この「もったいない」を「ビジネスチャンス」と「徳」の両面で捉え直したコロンビアの今の姿勢には、ある種の図太いしたたかさを感じずにはいられません。

結局のところ、食の廃棄を減らすというのは、単なる道徳の問題ではなく、いかに効率よく、かつ優雅にシステムを回すかという、究極の「管理能力」の露呈でもあります。私たちが日々いただくスープの具材も、実はこうした大きな歯車の一端に支えられていると思うと、一杯の温かさが少しばかり複雑で、そして頼もしく感じられるのです。

次にスーパーへ行かれた際は、ぜひその「訳あり野菜」のコーナーを覗いてみてください。「不格好な野菜(Ugly Produce)」を20〜30%安く販売するコーナーが一般的になり、 廃棄されるはずの果物の皮や種から抽出した成分をプロテインやサプリメントの原料に活用する「アップサイクル・フード」のスタートアップも増加中している現実を、きっと見られるはずです。

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