<コラム>2026年、史上最もこじんまりとした大統領就任式。なぜ、カリの「私立大学講堂」で行われたのか?

時代は変わった、とつくづく思う。私がコロンビアに来た2011年には考えられなかった光景である。
コロンビアで8月7日は特別な日だ。1819年、スペイン植民地支配からの独立を決定づけた「ボジャカ戦争(Batalla de Boyacá)」の勝利を祝う日。独立宣言の7月20日と並ぶ最も重要な祝日であり、憲法制定以来大統領就任式は必ず8月7日に行うことになっている。そして今日、第43代新大統領アベラルド・デ・ラ・エスプリエージャの就任式が、首都ボゴタではなく当地カリで行われた。100年以上続いてきた、これまで当たり前だった「就任式はボゴタ」という伝統が、この日初めて破られた。
普段底抜けに明るい、ヤシの木が似合うカリで、就任式数日前から1万2,000人の警備が敷かれ、運転していると検問に引っかかった。前後左右スモークで覆われた窓を下げ、警官に挨拶しながら前回日本で調達したヤケーヌ(誰でも忍者になれる令和のヒジャブ)を外すと、後部座席の3人のギャングにびっくりしたのか「行ってよし!」と顔パス。マリオットホテルでは各国首脳が宿泊するからか、のんびり警官が詰めていて、ホテル運転手も正装に近い恰好でうろつく。就任式前日の18時からはお家芸である酒類販売禁止令が発令し、ガソリンの給油や引越しなど荷物の運搬もNG(テロの恐れがあるもんね)。当日はノーマイカーデーに指定され、要は「カリ市民は家にこもって、出てくるな」っちゅう話だったんだわ。我が家は、明日からパラグアイ行きを控えていることもあって、パッキングにおわれて外出の予定はゼロ。15時からの中継を見守ることにした。
会場に選ばれたのは、当地市内にあるサンティアゴデカリ大学の「USC講堂」。本当に小さい、こじんまりとした私立講堂である。200人も入ったら満員となりそうで、パートナーなんか「ここで呼ばれて授業したことあるかも」とこぼしたほど。人口5000万人を抱える一国の主が、CIVETSにも名を連ねる国のトップがここで就任することが信じられなかった。繰り返すが、私立大学の講堂である。まして、カリでは知られているもののもっと派手な大学はたくさんある。中継を見ていると、学位授与のようなからっとした雰囲気で警備も最小限。ひょいとまぎれこんでもばれなさそうである。その流れを変えたのは、バランキージャ出身の歌手マイアの国歌斉唱だった。ドレスでもない、普通の黒のパンツスーツで国家を独唱した姿、本当にかっこよかった。ここで新大統領は神に誓いながら大統領章を受け取り、副大統領ホセ・マヌエル・レストレポ氏とともに任期をスタートさせた。式典にはスペインのフェリペ6世国王、アルゼンチンのミレイ大統領、パラグアイのペーニャ大統領など各国要人が顔をそろえていた。
「地方創生」をアピールする大統領の一手
新大統領は就任式の直前、SNSでこう説明していた。地方分権を現実にする最初のアクションとしてこの就任式を位置づけたい、と。ボゴタ一極集中からの脱却というメッセージを就任式という国家的セレモニーで示したいと。カリを有するバジェデルカウカ県知事も、同氏が候補者登録を最初に行った地であるカリでの就任を歓迎していたらしい。
それにしても、である。ここがいちばん面白いところなのだが、当初エスプリエージャが就任式の会場として考えていたのは、隣県カウカの州都ポパジャンにある軍施設だった。カリからは陸路で約2時間。ちなみに私は行ったことがない。なぜかって?
ゲリラの本拠地だからだよ。ポパジャンは長年の武力紛争の被害を色濃く受けてきた地域で有名だ。極右の同氏は「祖国の真の英雄」と呼ぶ軍人たちに敬意を表す意味を込めて、あえて軍の施設を式典会場に選ぼうとしていた。これも紛争の記憶が深い地域に光を当てる政治的メッセージだったといえる。上院ではこの案が一度55票の賛成で承認されるところまで進んでいた。
ところが、直前になって二つの「公式説明」が浮上する
ところが、決まりかけていたポパジャン就任プランは結局、式のわずか12日前になって撤回される。その「理由」については報道によって食い違いが生じた。
一つの説明は当たり前だけど「治安上の懸念」。FARC(コロンビア革命軍)の残存勢力がドローン攻撃を計画しているという情報機関の報告があった、というものだ。近隣国の国家元首が出席するのに、そんな危険な場所に呼んで何かあったらどうする?
もう一つの説明は「火山」。コロンビアにも、当然火山はある。近郊のプラセ火山が活動を活発化させ警戒レベルが発令されたため、空港の閉鎖など物流面のリスクが高まったというもの。
ドローン攻撃計画と火山の噴火警戒。複数の大手メディアがそれぞれ異なる理由を「決定打」として報じており、どちらか一方が誤報というより、複合的な事情が重なった末の変更となった。
白羽の矢が立った「カリ」
こうして急きょ折衷案の代替地として浮上したのがカリだった。県知事の後押しもあり、警備・物流面での実現性(ボゴタから飛行機で30分。一時間に一便はあり、国際空港で、スペインやアメリカとの直行便もある)、そして前述したようにエスプリエージャ氏自身がこの街で候補者登録をしたという「縁」も後押しとなった(でも、私の周囲に同氏のニックネームであるTigreに投票した人はそこまで知らない)。議会は急遽開催地変更の手続きを進め、本番のわずか数日前にカリでの開催が正式決定するという、かなり綱渡りのスケジュールで当日を迎えている。だから、ドタバタで禁酒令やノーマイカーデーの法律が制定されたってわけね。公立学校の授業中止も、前日に発表されていたし。
旧政権は新政府の反対デモを呼びかけ
さらに劇的だったのは、新旧大統領の対比である。退任する左派ペトロ大統領はカリでの就任式への出席を拒否し、ボゴタの大統領宮殿でひっそりと閣僚たちと離任式を行った。一方で、野党は「不服従」を掲げて式典をボイコットし、同刻にバランキージャなどで抗議集会を開催。国家のバトンタッチ(引継ぎ)が行われるはずの日に、新旧政権は一度も顔を合わせなかった。
カリの大学講堂で就任を誓った瞬間、エスプリエージャは「Firme por la Patria!(祖国のために戦う)」と叫んだ。私は、彼のマニフェストにある法人税の引き下げや資産税の廃止、各種規制・手続き(INVIMAやDIANなど)の簡素化は大が3つつくほどの賛成である。この国でビジネスの末席にいる人間として、前政権の混迷から脱し、治安の強化と規制緩和に向けた舵切りがなされるかどうかだ。
そしてエスプリエージャ氏、47歳で子どもが4人いる子育ての現役世代。だからというわけではないけれど、国史(Historia Patria)や道徳といった科目の復活も明言している。愛国心って日本では警戒されやすいけれど、コロンビア人の子どもをもつ親の立場としては、「コロンビアのために戦った人を敬愛する、自国への誇りをもつ」方針には首肯する。
そういえば前述したボジャカ戦争も、コロンビアの若い世代は経緯をよく知らないんだとか。
新政権がもたらす変化が本物かどうか、現場でしっかり見届けていく。少なくとも、「この国をもっとよくしたい。コロンビアにはその価値がある」という思いは国民の共通であると、一外国人の私が唯一断言できることである。
